小学校3年生に向けたお肉屋さんの話
地域の小学校3年生の総合学習で、下川町でのお肉屋さんの事業の話をしてきました。持っていったスライドは18枚。ここにひとことずつ説明を添えて置いておきます。
自己紹介
これまでのITでの自分の仕事、簡単にまとめると情報を運ぶ仕組みづくり、チャレンジする人を応援する、大切な情報を届ける、いたってシンプルなワーディングに落ち着きました。この3つにたどりつくのに一番時間がかかった。そして今まで自分がやってきたことってなんだろうってめっちゃ考えた。

東京で会社を経営しながら、下川では2つの店をやる。おとうふとおからドーナツを作って売るきたつむぎ商店と、お肉を仕入れて売る肉のキクチ。どちらもこどもたちが通学路で見ている建物なので、知ってるー!って言ってもらえたのが嬉しかった。

町の地図をくらべる
昭和30年代の下川町市街案内図。まだ人口も15,000人のピークに近い頃で、あちこちに色んなお店が並んでいる。この頃は鉱山も映画館もあって、地図いっぱいにお店の名前がぎっしり詰まっている。

寄ってみるとこんな感じ。昭栄座、遠藤造花部、山口医院、丹羽新聞店。読んでいるだけで飽きない。人口約15,000人のインパクトはやはりすごい。そしてその頃の賑わいがまったくイメージできないくらいに町は変わった。

ここに至るまでの変遷。開拓と鉱山と林業の時代、鉱山の休止と鉄道の廃止で人が減った時代、そして森林で町のこれからを作ろうとしているいま。

同じ地図に、いま営業している食に関わるお店を重ねてみた。緑の丸がいまの店。丸の外側の余白が、そのまま無くなったお店の数になる。この1枚が今の下川町のリアルを表している。

そしてデータで見るいま。悲観的になるよりも、これからの未来をどう実装していくのが問われていると思う。町がそういう方向に向かってるってことはわかった。あとはもう実装する力だけの問題だと捉えている。

作っているもの
そしてきたつむぎ商店と肉のキクチの商品。タンパク質ばかりだね、って今でも言われる。

こちらは下川町渓和の牧場で育った黒毛和牛。同じ町の中で牛が育って、町の中の店に並ぶ。この距離感は、うちの店の一番大切な価値観。

肉が店に並ぶまで
牧場で牛を育てて、屠畜場で加工して、店が仕入れて、枝肉からブロック、スライス、ひき肉になって、パックされて売り場に出る。シンプルな行程に見えるけど、ここに関わる人や商売の流れは壮大。


そして食に関わる人にとってすごく大切な衛生の話。冷蔵庫は2℃、冷凍庫はマイナス20℃。手洗いと消毒と手袋、包丁とまないたと冷蔵庫をきれいにしておくこと。それから、店の人が病気にならないこと。早寝早起きが仕事の一部だというのは、けっこうリアルな話。それが自分で実践できているかどうかは別として。

こだわっているのは3つ。凍らせないで生の肉を売ること、誰が育てた牛かわかるものを売ること、どうやって食べたら美味しいかを説明して売ること。これは肉屋としてのこだわり。

なぜやっているか
とはいえ、食や店舗はあくまでもなにかを実現するための手段で、そもそもなにを根底においているのかはこどもたちにもとっても伝えたかった部分。

そしてこれからはじまるやまとやのプロジェクトも。これを派手さはなくてもしっかり立ち上げられること、続けられることは地味にすごく大きなチャレンジになる。

最後は、どんな未来を作っていくか。働く場所があって、下川町らしい店があって、おいしい食材が買えて、暮らしやすくて、町の中の笑顔がふえていく。そレが目指す方向。すべての実装はそこに向けての手段。


こどもたちが大人になる頃、この町にはどんなあかりが灯されているのか。緑の丸を重ねた地図をつくりながら、ずっとそれを考えていた。だからいまお店をやっているし、たぶんこの先も、なにかしらのチャレンジをつないでいくんだと思う。
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